大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)57号 判決

原告(被控訴人)

宗教法人

清涼寺

右代表者

片岡義光

右訴訟代理人

弥吉弥

被告(控訴人)

中前奈良之助

右訴訟代理人

山崎武徳

〈外三名〉

主文

原判決を取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審とも原告の負担とする。

事実

(原判決主文)

被告は原告に対し、原判決別紙目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和三六年一〇月一日以降右明渡ずみに至るまで一カ月一、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の趣旨)

原判決主文同旨

(不服申立の範囲)

原判決全部

(当事者双方の主張)

次に付加する外は原判決事実摘示のとおりである。

「被告の主張」

一、被告は昭和(以下略)二一年九月満州より引揚げ間もなく原告より原判決別紙目録(1)の土地を借受けここを埋立てて同(2)の建物を建築した。被告と原告代表者の妻静子は兄妹で両名の実母の亡はるのは新宮市新宮字鴻田に宅地五七坪五合二勺と山林八畝一〇歩を所有し、新宮横町郵便局に一〇万八、〇〇〇円を預け入れていたが、三十七、八年頃約一年八ケ月間静子に留守番を頼まれ、原告方で静子と暮したことがある。その間はるのは生命を危ぶまれる程の病気になつたことがあつたところ、その間に前記宅地山林が贈与されたものとして静子の所有名義に移されていた。これを発見したはるのは怒つて静子を相手に新宮簡易裁判所に前記宅地山林の所有権移転登記抹消請求の訴を起し静子を横領罪で告訴し双方が弁護士を立てて抗争した。この訴訟中に原告より報復として本件土地の延滞賃料支払の催告(甲一号証)があつた。はるのは被告に前記郵便貯金で支払わしむべく、預金通帳をさがしたが見当らず、横町郵便局で調べたところ、静子が無断でこれを全部引出していることが判り、はるのが法廷で静子を泥棒呼ばわりをしたことがあつた。そのため静子ははるのと被告を怨んでいたようであつた。この訴訟は職権で調停に廻された結果、三九年九月五日前記貯金一〇万八、〇〇〇円の中五万円を右延滞賃料に充て、残りははるのが一年八ケ月間原告方で留守番として過した食事代相当として贈与し、宅地は静子の所有とする調停が成立して一応落着した。ところが右延滞賃料の残リ二万七、〇〇〇円については、調停成立の際に何の約束もなく裁判官から被告に支払えという話もなかつたので前記催告は撤回されたか効力を失つたものである。

その後、はるのは、被告方で死亡したので被告は原告と静子に通知したが静子はこの実母の葬儀に参会しなかつた。原告代表者は、被告が原告の檀家なのに葬儀にこないのでやむなく、他寺の住職迎え葬儀を行つた有様で前記のように調停は成立したものの、被告と原告代表者、静子は仲違いとなつて一切交際がなくなつた。そして、原告がいうような催告は一回もなく被告としても静子と反目し気まずくなつているため、地代を持参する気になれず、供託の方法も知らずに経過した。

ところが、四三年一〇月二六日原告より突然契約解除の内容証明が送達されたので、直ちに人を介し当時の延滞賃料八万六、〇〇〇円を持参したところ、受領を拒絶されたので同年一一月九日これを供託しその後も供託しているのに原告は本訴を提起した。

二、前記催告は前記訴訟の係属中になされたもので、調停成立により効力を失つたから本件契約解除は無効である。契約解除をするについては更に相当期間を定めた催告をなすべきであつたのにこれをなさずに抜打的に契約解除をなし本訴を提起したのは信義の原則に反する。

三、本訴は原告の檀徒総代(責任役員)小林敏久、同(亡)尾畑慶次の同意を得たようになつているが、尾畑慶次は本件訴訟に反対で訴訟するなら責任役員を辞任する旨表明し証人の呼出を受けても出頭しなかつた。小林敏氏は本訴提起後被告と原告代表者が姻戚であることを知り、円満解決を望み再三示談を勧告したが、静子が頑として応じない。

右のような事情で、本件土地が原告の建物建築に必要ということもなく、地代も今日では延滞なく、原告の経済に迷惑もかけていない実情にある。

「原告の主張」

被告主張の調停は本件と当事者を異にし、調停条項にも本件土地については何も記載されていないから前記催告が効力を失うことはない。

原告は右催告後も口頭で再三催告しており解除権行使の要件に欠けず信義に反することもない。

本件訴訟につき原告の責任役員は全員が同意し反対する者はない。

(証拠)〈略〉

理由

一原告がその所有する本件土地を二九年頃被告に期限を定めずに賃貸し、被告が地上に本件建物を所有して土地を占有していることは当事者間に争がない。原審における原告代表者尋問の結果によれば、本件土地の賃料は、持参払の約で、当初月額八〇〇円と定められたが二、三年後に月額一、〇〇〇円と改定したことが認められる。

二被告が三二年八月分以降の右賃料を支払わなかつたこと、三二年九月五日、訴外中前はるのの訴外片岡静子に対する五万円の債権を以て原告の被告に対する右賃料債権と対当額で相殺する旨の合意が原被告と右はるの、静子間で成立しこれにより被告の三二年八月一日から三六年九月三〇日迄の分が支払済となつたことは当事者間に争がない。成立に争のない甲一号証と原審における原告代表者尋問の結果によればこれより先、被告が前記のように賃料を支払わず他の責任役員らの勧めもあつたので、原告代表者は三八年一二月六日被告に対し内容証明郵便で同年一二月分までの延滞賃料合計七万七、〇〇〇円を支払うよう催告しその頃その郵便が被告方に到達したことが認められる。従つてその催告が他の責任役員の意思に反し、原告代表者の独断でなされたという被告の主張はこれに符合する証拠がないので採用できない。

三四三年一〇月二五日原告が被告に対し延滞賃料債務の不履行を理由に契約解除の意思表示を発し、それが翌日被告に到達したことは当事者間に争いがない。

四〈証拠〉によると次の事実を認めうる。

1  被告と原告代表者の妻片岡静子はともに亡中前はるのの子であつて、父を異にする兄妹である。被告は戦後満州より引あげ税務署の賄夫をしていたがそこをやめ二九年頃原告より本件土地を賃借して地上に本件建物を建てた。はるのは従来被告と同居していたがもめごとがあつたらしく三五年末頃逃げ出して原告方に寄食し、更に三七年一一月頃被告方へ戻つた。その頃はるのは新宮字鴻田八〇〇一番地の八〇の宅地五七坪五合二勺および同所同番地の四九の山林八畝一〇歩と郵便貯金一〇万円を有していたが、静子がこの二筆の土地ははるのから贈与を受けたものであるとして自分名義に移転登記をなし、郵便貯金も払い戻を受けていた。これを知つたはるのは、被告の方へ戻ると間もなく静子を相手に新宮簡易裁判所に右所有権移転登記沫消請求の訴を起した。

2  静子はこれははるのの真意により贈与されたものであると争い、この事件は調停に廻されて三九年九月五日調停が成立した。この調停条項の要旨ははるのが静子を私文書偽造行使、不動産詐欺、郵便貯金詐取等で告訴したのは間違いであつたから謝罪する。前記二筆の土地のうち宅地はそのまゝ静子の所有とし山林ははるのに返して移転登記手続を沫消する。静子は一〇万円のうち五万円をはるのに返還し、五万円は贈与されたものとして返還しない。静子が前記宅地上にある庚申堂を本件原告方境内に移すことに異議ない、というものであつた。そして調停条項とはしなかつたが返還することになつた五万円も現実には返還せず、原告主張のように本件土地の延滞賃料と相殺することに、はるの、静子、原告、被告四者間に合意が成立した。

3  右調停合意の成立は原告の被告に対する本件土地の延滞賃料の前記催告後のことであつて、これははるのの訴訟代理人前川春恵、静子、原告代表者及び被告が実際に立会つた上でのことである。この時延滞賃料七万七、〇〇〇円のうち約三分の二に相当する五万円は相殺されたが残額については具体的な話合いがなく、調停主任の裁判官は原告側には被告に払うよういつておくといつたらしいが被告には念達がなかつた。被告は、前記調停で郵便貯金一〇万円のうち五万円は母を世話した食費という理由で静子に取上げたことを憤つており、それからはるのが病気で寝こみ、約一年半後に死亡したが静子も原告代表者もその葬儀に参列せず、その後は被告と原告代表者、静子が道で会つても顔をそむけて賃料の催告もなかつたため延滞賃料をそのまゝ放置しておいたところ、原告より前記契約解除の意思表示があつたので驚いて直ちに延滞賃料を持参提供したが原告の方で弁護士に一任してあるからといつて受領を拒んだため四三年一一月九日原告あて八万六、〇〇〇円を和歌山地方法務局新宮支局に供託し、その後の賃料も供託している。本件土地は原告方に隣接していたり、境内地にあるわけでなく、原告の方でいますぐこれを回収せねばならぬ特別の事情はない。

右のとおり認めることができ、前記片岡静子の証言や原告代表者尋問の結果中にある、前記調停成立後原告代表者や静子が被告に口頭で再三延滞賃料の催告をしたとの原告の主張に副う部分は他に裏付けがなく、被告尋問の結果と比べて措信できない。

五以上のとおり、前記調停合意は前記催告があつてから九ケ月も後に成立したものであり、原告代表者と被告は亡はるのと静子間の前記訴訟、調停に重要な利害関係をもつ者として事実上参加していた同事件が前記のように調停で解決し、催告賃料の約三分の二については前記のように相殺の合意が成立したものである。右認定の事実によると特段の事情のない本件では右調停成立の際に、右催告による原告の本件賃貸借契約解除権についても右相殺の前提として放棄する旨の黙示の合意が成立したものと解すべきである。

更に本件契約解除の意思表示は右催告後の相殺の合意から更に四ケ年以上経過したので被告は前記のとおり本件賃貸借の解除を予想していなかつたものであり、前記認定の事情のもと(原告主張の口頭催告の認められないことは前記のとおりである)では被告が原告の解除権の不行使を信頼するのもやむを得ないのであつて、原告の本件解除権の行使は信義則に反し本件賃貸借はこれによつて終了することがないというべきである。(最判・三〇・一一・二二・民集九巻一二号一七八一頁参照)

よつて原告の本訴請求は理由がないから、これを認容した原判決を取消して原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(前田覚郎 菊地博 仲江利政)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例